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大阪地方裁判所 平成10年(わ)1634号 決定 1998年11月18日

被告人 S・S(昭和54.3.25生)

主文

本件を大阪家庭裁判所に移送する。

理由

(本件公訴事実)

本件公訴事実は、

「被告人は、

第1  Aと共謀の上、平成10年1月26日午後11時20分ころ、大阪府枚方市○○町×丁目××番××号付近路上及び同市○△町××番付近路上において、所携の木製バットでB(当時18歳)運転の普通特種自動車(所有者C使用者B)の左側後部ドア窓ガラス、助手席ガラス及びフロントガラスを叩き割るなどし(損害額約57万0570円相当)、もって、器物を損壊し、

第2  前記Aと共謀の上、前記日時ころ、同市○□町×番付近路上において、前記Bに対し、右Aにおいて、前記バットでBを殴打すれば同人が死に至るかもしれないとの認識の下に前記バットで同人の頭部、腕部、脚部等を数回殴打し、被告人において、右Bの顔面を左右で数回足蹴にするなどの暴行をそれぞれ加え、よって、同人に入院加療約40日間を要する頭蓋骨陥没骨折、外傷性脳内出血、右下腿挫滅創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかったが、被告人においては傷害の犯意を有するにとどまっていた

第3  同年2月2日普通自動車仮免許を受けた者であるが、同月19日午前2時20分ころ、同市□□×丁目×付近道路において、練習のため普通乗用自動車を運転するに際し、その運転席の横の乗車装置に、法令で定める有資格者を同乗させないで、右自動車を運転し

たものである。」

というものであって、右各事実は、当公判廷で取り調べた関係各証拠により認められ、被告人の本件第1の所為は刑法60条、261条に、第2の所為は刑法60条、204条に、第3の所為は道路交通法118条1項6号、87条2項後段にそれぞれ該当する。

(補足説明)

なお、弁護人は、本件第2の傷害の事実について、被告人が被害者であるBの顔面を2、3回足蹴にしたことはあっても、Aと共謀をしたことはないので、Aの暴行による被害者の傷害について、被告人は責任を負わない旨主張し、被告人も当公判廷において、Aとは共謀していない旨、右主張に沿う供述をするので、補足的に説明する(以下、括弧内の番号は証拠等関係カード記載の検察官請求番号を示す。)。

被告人は、平成9年8月ころ、Bら5名対被告人1名での5対1のいわゆるタイマンと称する喧嘩をして、Bらから袋叩きにあって手酷くやられ、次に1対1を要求してタイマンをやったところ、Bは被告人から2、3発殴られただけで参ったと言ったので、ルール上、それ以上はやり返せなかったことから、同人に遺恨を抱き、それを晴らすため、いつか同人をしばいてやろうと考えていたところ、平成10年1月26日午後10時過ぎころ、暴走族仲間の後輩であるAと原動機付自転車に二人乗りをして走行しているとき、Bが車を運転しているのを見かけて、遺恨を晴らそうと考え、AにBの車を潰そうと持ちかけ、これに賛成したAと共謀の上、あらかじめ木製バット一本を用意し、また、各々の目の部分だけしか見えないように顔をタオルで覆面するなどの準備をした上、本件第1のB運転の車の損壊に及び、Bが運転席ドアを開けて逃げ出した後、引き続いて、Bの後を追いかけ、Aは殺意をもって、被告人は傷害の犯意で、本件第2のBに対する犯行を行ったものである。

ところで、Aは、検察官調書謄本(49)において、Bが運転席ドアを開けて逃げ出した後、Aが走って追いかけたところ、バイクに乗った被告人がAに追いつき、「乗れ。」と言ったので、Aはバイクの後ろに乗り、その時に被告人から「行け、やれ。」と興奮した口調で言われて、バットを手渡されたので、バイクを運転していた被告人の代わりに、そのバットで被害者をどついて、しばきあげろという意味であると思い、AもバットでBを叩いて、しばきあげようと思った旨供述しており、被告人も、検察官調書(80)及び警察官調書(76)において、Bが運転席ドアを開けて逃げ出した後、Aが「こらっ。」などと言って、走って追いかけ始めたが、その時、Bの車のサイドブレーキがかかっていなかったのか、前に進み、車との間に挟まれそうになって、そのことに非常に腹が立ち、Bを「しばきあげたる。」と思い、バイクに乗ってBを追いかけ、途中、Aに追いついたので、バイクの後ろに乗せ、その時、AにBをしばかせようと考えていたので、Aに「行け、やれ。」と言ってバットを渡した旨供述しており、また、被告人とAは、本件第1の器物損壊についてはBに対する遺恨を晴らすために事前に共謀しており、その犯行に引き続いて、逃げ出したBを追いかけ、Bに対する傷害が敢行されていること、AがバットでBを殴った後、被告人自らもBの顔面を2、3回足蹴にしていることなどが認められ、以上を総合勘案すれば、本件第2のBに対する犯行につき、被告人とAとの間には傷害の範囲内で共謀の成立を認あることができるというべきである。

もっとも、被告人もAも、当公判廷においては、被告人がAにバットを渡す際、Aに「行け、やれ。」などとは言っていないし、言われてもいない旨供述したり証言したりしているが、捜査段階での供述を公判廷において変遷させた理由について、納得の行く説明はなく、関係各証拠と対比検討すれば、被告人及びAのこの点に関する各公判供述は信用できないというべきである。

(移送決定の理由)

そこで、一件記録及び当公判廷における事実審理の結果に基づき、被告人の処遇を検討する。

家庭裁判所は、殺人未遂、器物損壊、道路交通法違反の事件につき、刑事処分を相当と認め、少年法20条による検察官送致決定をしたのであるが、事件の送致を受けた検察官は、公訴を提起するに当たり、送致された事件のうち殺人未遂の事件については、被告人の故意は傷害の犯意にとどまるとして、殺人未遂ではなく、傷害の訴因で起訴した。被告人は少年審判において、殺意を否認して争っていた。この点につき当裁判所は被告人の責任は傷害の限度にとどまり、傷害の限度で共謀が存在したと認める。したがって、家庭裁判所が検察官送致を判断した時点での殺人未遂という重大な犯罪について、被告人の責任を問い得ないこととなった。

そして、本件第1及び第2の犯行は、私的な喧嘩における被告人の被害者に対する遺恨が原因であり、年下の共犯者を巻き込んだ上、被告人が主導的に行ったものであり、犯行は計画的で、態様は激情に駆られた激しいものであって、車の損壊の結果や被害者の傷害の結果は重大であり、殊に、頭蓋骨陥没骨折、外傷性脳内出血の傷害を負った被害者は一歩間違えば死亡していたのであり、加えて、本件第3の仮免許運転違反は被告人の日頃からの遵法精神の欠如を示すものであることなどにかんがみると、犯情はよくなく、被告人の責任は重いというべきである。しかし、被告人は、本件犯行について、一部争う点はあるものの、当公判廷においては、その非を認め、本件第2の重篤な傷害については被告人が実行行為をしたものではなく、そして、被害者に対する謝罪の意を表して、被害者との間で150万円を支払うことで示談が成立し、そのうち60万円は既に支払い済みであり、被害者の被告人に対する感情も和らいでおり、更生の意欲も見受けられる。また、被告人はこれまで、遺失物横領、恐喝、占有離脱物横領、傷害等で、平成6年1月20日と平成9年5月14日の2回にわたり保護観察処分に処せられてはいるが、少年院送致による矯正教育を受けたことはなく、少年鑑別所の鑑別結果は、被告人の粗暴性の高さや自制力の乏しさは深刻であるが、冷情性や価値観の歪みの固定化は認められず、ある程度可塑性を残しており、収容保護(中等少年院)―長期処遇を相当としており、また、家庭裁判所調査官の意見も、これまで矯正教育に付されたことがなく、少年の性格・価値観も固定化していないと思われるとして、中等少年院(長期処遇)を相当としている。そして、被告人の母親において、被告人の保護、指導につき協力的態度が期待できる。

以上、家庭裁判所が検察官送致を判断した時点での殺人未遂という重大な犯罪の責任を被告人に帰することができなくなったこと、その後の被害弁償、示談の成立、被害感情の和らぎ、被告人の更生意欲、保護処分歴、被告人には保護処分による改善可能性が存することなどにかんがみると、このまま刑事処分を科すよりも、再度、家庭裁判所において、更なる調査、審判を経て、被告人を少年法上の保護処分に付し、適切な矯正教育を施すのが相当と認められる。

よって、少年法55条を適用して、本件を大阪家庭裁判所に移送することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 小倉正三)

〔編注〕 受移送審(大阪家 平10(少)4840号 平10.11.30医療少年院送致決定)

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